梅雨が早く明けて猛暑が続いたかと思えば、朝夕おかまいなしの大雨。
相変わらず訳のわからん天気が続くけど、盆を過ぎると夕方にはツクツクボウシが鳴きだし、夜には秋の虫の声が聞こえてくる。
虫たちは季節の変化に敏感なのか、体内暦に律儀なのか、とにかく感心してしまう。
生き物ぜんたいにおいて、その存在自体不思議でたまらないのだが、
特に虫のヘンテコさは群を抜いている。
例えば件のツクツクボウシ。
「お~~~~し」まではいいのだが、なぜかその後「つくつくつく」と続く。
「お~~~~し」で吐き出した息を吸うときにしゃくりあげてでもいるのか(呼吸を使って鳴いているのかどうかも知らんが)。
まあ、そこまでは許すにしても、だんだん繰り返しのサイクルが短くなって、最後は必ず「じぃ~よ、じぃ~よ、じぃ~よ、じじじじ…」と鳴き方を変えて締める。
人の気配を感じても、早めに「じ~よ」に切り替えるだけで、よっぽど突発的な場合を除けば途中で切り上げることはほとんどない。
セミが鳴くのはメスを呼ぶためだとして、そこまで複雑な鳴き方をする必要があるのか。
わんわん大声で鳴いていた方がよっぽど楽で効果的なんではなかろうか。
進化は生き物が「こうなりたい」と思って変化するのではなく、突然変異と自然淘汰の繰り返しによるものだという(後天的な環境への適応が遺伝子に刷り込まれることはあるのかもしれないけど)。
例えばキリンの首が長いのは、たまたま馬の仲間か何かで突然変異によって首の長いのが生まれ、それが他の動物が食べないような高いところの葉で確実にエサを確保できたり、天敵を早く発見できたりと生存競争に有利な条件だったので、多くの首の長い遺伝子を持つ子孫を残せたためだとか。
だったらツクツクボウシはその鳴き方が生存競争やメスの獲得に有利だったということなのか。
訳がわからんではないか(真剣に調べれば、そんなこととっくに研究済みなのかもしれないけど)。
人間のことを思うとき、突然変異と淘汰では説明のつかない「天の意思」みたいなものが働いているとしか思えないときがある。
しかし、ツクツクボウシに天の意思はちょっと…。
あえて言えば、天のマニアックな趣味か?
そんなことを考えていると、夜も眠れなくなっちゃう…と思いながら、今夜もガーガー眠るのである。